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大阪高等裁判所 昭和62年(ネ)1858号 判決 1988年3月09日

控訴人(原告)

安藝秀二郎

ほか二名

被控訴人(被告)

中国西濃運輸株式会社

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、

1  控訴人安藝秀二郎に対し、一八四万七八〇五円及びこれに対する昭和六〇年一月一八日から右支払ずみまで年五分の割合による金員、

2  控訴人安藝ツタエ及び同近藤タカ子に対し、それぞれ四九四万七八〇五円及びこれに対する昭和六〇年一月一八日から右各支払ずみまで年五分の割合による金員

を支払え。

三  控訴人らの被控訴人に対するその余の請求(拡張部分も含めて)を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人らの負担とする。

五  この判決は、主文第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  控訴人ら

1  原判決中、控訴人ら敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人は、

(1) 控訴人安藝秀二郎に対し、金八八〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月一八日から右支払ずみまで年五分の割合による金員、

(2) 控訴人安藝ツタエに対し、金八〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月一八日から右支払ずみまで年五分の割合による金員、

(3) 控訴人近藤タカ子に対し、金六〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月一八日から右支払ずみまで年五分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

との判決並びに第2項につき仮執行の宣言。

二  被控訴人

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次に付加訂正するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

(控訴人ら)

一  圭一の逸失利益

原審における主張を次のとおり改める。

1 昭和六一年賃金センサス男子年齢別学歴計平均賃金四三四万七六〇〇円(現金支給額二八万〇八〇〇円、賞与九七万八〇〇〇円)を基礎として圭一の就労可能年数四七年のライプニツツ係数一七・九八一を乗じた額から生活控除率五〇パーセントの割合の金額を控除した金額三九〇八万七〇九七円。

2 仮に右金額が認められないとしても、次のとおり三一八八万一八九一円の逸失利益がある。すなわち、昭和六一年一月一日(圭一が成年に達した以後の日)から昭和六二年一二月三一日(本件口頭弁論終結前の日)までについては、昭和六一年賃金センサス男子二〇歳から二四歳の平均賃金二五二万七二〇〇円(現金支給額一七万六七〇〇円、賞与四〇万六八〇〇円)の割合で計算した金額から生活控除率五〇パーセントを控除した金額二五二万七二〇〇円(事故時の一年未満の期間の分を切り捨てた過去の逸失利益)、及び昭和六一年賃金センサス男子二〇歳から二四歳の前記平均賃金二五二万七二〇〇円を基礎として圭一の就労可能年数四五年のホフマン係数二三・二三一を乗じた額から生活控除率五〇パーセントの割合の金額を控除した金額二九三五万四六九一円(将来の逸失利益)の合計額三一八八万一八九一円。

3 仮に以上の金額が認められないとしても、昭和六一年賃金センサス男子二〇歳から二四歳の前記平均賃金二五二万七二〇〇円を基礎として圭一の就労可能年数四七年のホフマン係数二三・八三二を乗じた額から生活控除率五〇パーセントの割合の金額を控除した金額三〇一一万四一一五円の逸失利益がある。

二  損害額及び請求額(一部請求減縮、一部請求拡張)

1 控訴人秀二郎の損害額は二二六二万九〇三二円(第二次的に二〇二二万七二九七円、第三次的に一九六三万八〇三八円)である。そこで、控訴人秀二郎は被控訴人に対し、原審で認容された請求部分のほかに、残損害額の内金八八〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 控訴人ツタエの損害額は二〇九二万九〇三二円(第二次的に一八五二万七二九七円、第三次的に一七九三万八〇三八円)である。そこで、控訴人ツタエは被控訴人に対し、原審で認容された請求部分のほかに、残損害額の内金八〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3 控訴人タカ子の損害額は一九七二万九〇三二円(第二次的に一七三二万七二九七円、第三次的に一六七三万八〇三八円)である。そこで、控訴人タカ子は被控訴人に対し、原審で認容された請求部分のほかに、残損害額の内金六〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  過失相殺

1 本件加害車両は、左記の状況のもとにおいて信号を無視して横断し、本件事故を発生させたものである。

(一) 交通事故の交差点での過失相殺の基準は、信号の表示である。自動車が信号無視して交差点に進入して事故を発生させた場合は、原則として一方的過失と認められる。

(二) 被害車両の進行車線である東西の道路は、全幅員三三・四メートル、車線幅員だけでも二五・四メートルあり、八車線(片方四車線)ある交通量が非常に多い(当時一分間四八台)超幹線道路である。

(三) 事故発生日時は一月一七日午前四時四五分で、外は暗い状況である。

(四) 右道路を右時間頃、二年以上ほとんど毎日通行している車両が、右道路の信号を無視して横断している車両を発見したことがないものである。右道路は、通常の運転者にとつて、信号無視をして通行する車両を予見することが困難な状況であることが公知の事実である。

(五) 本件加害車は車両の長さ一一メートルの大型貨物自動車で、職業運転者が前記(一)ないし(四)に該当する道路状況のもとで信号無視して通行したことは、同加害運転者も「当状況において信号無視して通行する車両がなく悪かつた」と陳述しているとおり、当時の右道路の東西の交通量では加害車の通行が遮断され進行不能となり、信号を無視して通行できるはずがない。かような状況にもかかわらず、信号無視して横断しようとして立往生(停車)するという極あて危険な行為をしたのである。

2 右加害車両に対して被害車両の通行は、

(一) 道路の幅員が著しく広くて何車線もあり、超幹線道路で同道路の車両の交通量が多く、深夜や暗い早朝等、信号を無視して交差点を進行する車両が全く予見でき難い道路状況において、同交差点を通行する車両の運転者の注意義務は信号の表示を注意して運転すれば足り、同交差点の信号を無視した通行車(者)を予見して運転する注意義務がないものである。

(二) かような右注意義務を認めなくとも、通常かような道路を信号無視して通行する車両がないから、事故発生の蓋然性がなく、法令解釈・信頼の原則を適用され、過失相殺の適用が否定されるものである。従つて、右道路を信号無視して進入した車両は、同道路が広くて、信号に従つて通行する車両の交通量が多くあるため、その途中で立往生(停止)して、直進車両によつて発見が可能な場合においても、同交差点に信号を無視して進入すること自体事故の発生の蓋然性が極めて高いもので、もつぱら自車(者)の帰責事由である。同道路において信号を無視して進入する車両を予見して運転する注意義務のない直進車両の運転者に対して、責任を加重させることはできないものである(高速道路や自動車専用道路と同じ趣旨の注意義務である。高速道路の横断歩行者等)。

(三) そのため過失相殺の適用の場合においては、直進車両の運転者にとつて、停車(停止→人)している発見の予見性と信号無視する進行車両を予見すべき注意義務がない道路状況の各状況を判断するに、過失割合の適用について互いに増減され、特に加重されることがなく、1(一)の原則とおりの基準となるものである。

(四) しかも本件は、被害車両が自動二輪であるのに対し、加害車両が大型貨物自動車であるから、優者危険負担の原則に基づく被害者の過失が減少ないし消滅されるのである。

3 本件において、加害車両が右道路状況のもとで信号無視して進行したものの、対向車線の車両の通行により遮断され停車していたことが、そのまま進行しているよりもその過失が軽減されるか加重されるかである。

(一) 信号の表示に基づく過失相殺の適用は、信号に従つて進行する車両(人)の安全、保護のため適用される基準である。そのため、右信号に従つて進行する車両にとつては、信号無視の進行車両(人)が短時間ないし瞬間的に通行に支障を受けることよりも、信号無視のまま停車された方が通行にいつまでも支障を受けることとなり危険な行為であることが明らかであり、過失が加重されるものである。従つて、本件において、加害車両が停車していたから被害車両の過失が加重されるとの解釈は失当である。このことは、歩行者において危険な横断をして立ち止まつている場合、過失が加重されていることが類型化されていることからも明らかである。

(二) ちなみに、通常信号を無視して通行する車両はそのまま通行するもので、途中で停車する等の危険極まりない運行をしないものと予見することが、通常運転者にとつて公知の事実である。

(三) 従つて、被害者も、右信号無視の大型貨物車両が夜間で暗いため南から北に進行していると推認して、同車両の前方を通過することは衝突される蓋然性が高いのでその後方を通行しようとしたところ、右予見に反して同車両が停車していたため、同車両の後部に衝突してしまつたのである(信頼の原則の適用)。

4 本件事故が発生した加害車両と被害車両との一切の状況事実を判断解釈すれば、過失相殺の基本適用のとおり、信号を無視して通行した大型車両の過失一〇〇パーセント、信号に従つて通行していた自動二輪の過失〇パーセントと適用されるべきである。本件において、被害自動二輪だけを大型車両の過失に対比して加重される特段の事実がないものである。

(被控訴人)

一  圭一の逸失利益について

控訴人らは原判決が昭和六〇年度の賃金センサスの一八歳ないし一九歳の男子労働者の平均給与を使用したことを非難する。しかし、死亡した圭一は死亡時一九歳で二〇歳ではないのであるから、右平均給与を採用するほかになく、殊に同人は短大や大学への進学が確実視された者でもない。更に、使用するセンサスの年度は、控訴人らの提出した資料からみても、必ずしも口頭弁論終結時の最新のものを使わなければならないわけではなく、口頭弁論終結時の最新のものを使つても差し支えないと言える程度である。資料の算定基準はあくまで算定基準であつて、法律や規則ではない。

二  過失相殺について

本件では、控訴人らから指摘されるまでもなく、被控訴人側は自己の運転手に注意義務違反があることは自認しているし、一般的に優者危険負担の原則があることも承知している。しかし、本件事故は、単車の運転手訴外圭一が前方注視をしておりさえすれば、容易に交差点内で立往生していた貨物自動車を発見することができ、従つて、容易に衝突を回避できる客観的状況にあつたのに、圭一が前方注視を怠り或いは前方注視を形式的にはしたが、十分でなかつたため、目測を誤るという運転手としては基本的なミスを犯したことも与かつて、大きな事故原因となつているものである。原判決が二割の過失相殺をしたのは極めて穏当である。

当事者双方の証拠の関係は、原当審記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  当裁判所は、控訴人らの本訴請求につき後記の限度で理由があるからこれを認容すべきものと判断するが、その理由は次に訂正付加するほかは原判決理由と同じであるから、これをここに引用する。

二  原判決の訂正

1  原判決八枚目表末行の「二二三一万二〇〇二円」を「二二七一万四九一一円」と、同八枚目裏三行目の「昭和六〇年度」を「昭和六一年度」と、同五行目の「男子労働者」を「高卒男子労働者(圭一が昭和五九年に高校を卒業したことは原審控訴人安藝ツタエ本人尋問の結果にこれを認める。)」と、同六行目の「一八四万九六〇〇円」を「一八八万三〇〇〇円」と、同一二行目の「二二三一万二〇〇二円」を「二二七一万四九一一円」と、同九枚目表末行の計算式を「188万3000(円)×24.1263×(1-0.5)=2271万4911(円)」と改める。

2  原判決一〇枚目表三行目の「一二八〇万四〇〇〇円」を「一二九三万八三〇三円」と、同四行目の「一二一〇万四〇〇〇円」を「一二二三万八三〇三円」と改める。

3  原判決一〇枚目裏五、六行目全部を「(三) 本件事故発生時の天候は曇であるが、同日午前五時一〇分から同午前五時四〇分までの間に実施された実況見分によつて作成された実況見分調書には、本件現場付近はやや明るく、西から東への見通しは良好であつた旨が記載されている。」と改める。

4  原判決一三枚目裏六行目の「認めてよいと考えられる。したがつて、この点の原告らの主張も採用するに由ないものである。」を、「認めてよいとも考えられる。しかしながら、翻つて考えるに、本件事故は、天候が曇であり、冬至を真近に控えた日の午前四時四五分ころに発生したものであることからみれば、当時の現場は、実況見分調書に記載された「やや明るい」状況にあつたというよりも、原審証人亀井淳の証言に照らすと、むしろ暗い状況にあつたものと認められるのであり、このような状況の現場交差点において加害車は被害車の進行する車線及びその南側車線を全部塞いだ状態で停止していたのであるから、圭一が前方注視を欠いたことないし衝突回避措置をとらなかつたことの過失割合が二〇パーセントないしこれを超えるものであるとみるのは相当ではない。」と改める。

5  原判決一三枚目裏末行及び同一四枚目表二行目の「二割」を「一割」と、同五行目の「一〇二四万三二〇〇円」を「一一六四万四四七一円」と、同六行目の「九六八万三二〇〇円」を「一一〇一万四四七二円」と改める。

6  原判決一四枚目表一一行目から一二行目の「二七万六五三四円」を「一六七万七八〇五円」と、同一二行目から末行の「三一六万六五三三円」を「四四九万七八〇五円」と改める。

7  原判決一四枚目裏三行目の「三万円」を「一七万円」と、同四行目の「三〇万円」を「四五万円」と改め、同五行目から一一行目までを削除する。

三  控訴人らは、圭一の逸失利益の算定方法につき、男子年齢別学歴計平均賃金を基礎にしてライプニツツ式で中間利息を控除すべきであると主張するが、圭一は本件事故当時満一九歳の高卒無職者であり、将来の収入を的確に把握することが困難であつて、全稼働可能期間にわたり所論の平均賃金の収入を得ることができるものと断ずることはできないから、少なくとも右期間中、取得することが確実な一八歳ないし一九歳の男子労働者の平均給与額をもつて逸失利益を算定する際の基礎収入とするのが相当であり、他方、このような場合、中間利息の控除については、物価の上昇、貨幣価値の下落等による被害者の不利益を生ぜしめないためにホフマン式を採用するのが相当である(中間利息控除の方法としてはライプニツツ式とホフマン式の両者がいずれも相当なものとして交通事故損害賠償額算定の実務上運用されているのは衆知のことがらである。)また、控訴人らは、圭一が満二〇歳に達した日以後の逸失利益について男子二〇歳から二四歳の平均賃金を基礎収入とすべき旨を主張するのであるが、死亡による逸失利益の算定は、死亡時における将来の得べかりし利益の現価を算出するものであるから、被害者が死亡当時既に収入を取得していた場合には死亡当時の現実の収入を基礎とし、そうでない場合は統計資料によつて認められる死亡当時の収入見込額を基礎とすべきものであつて、これに反し、被害者が口頭弁論終結時までに達した任意の年齢を選択することが許されるとすれば、逸失利益の算定が恣意的になり、有職者との均衡を失することになり、被害者に不当な利益を与え、加害者に不当に損失を及ぼすこととなるから、控訴人らの主張を採用することはできないというべきである。

四  控訴人らは、本件事故について控訴人らに過失相殺の規定を適用することは優者危険負担の原則、信頼の原則等の理念に反し許されない旨を主張するので判断するに、交差点を信号に従つて直進しようとする車両の運転者は、右折禁止に違反して交差点を右折する車両がないことを信頼して運転すれば足り、それ以上あえて法規に違反し自車の前方を強引に右折しようとする車両のありうることまでも予想したうえで交差点の左方の安全確認をすべき注意義務はないものというべきであるが、本件は、前記認定のとおり、出合頭の衝突事故ではなく、加害車が右折をほぼ完了した時点において被害車が加害車をその前方約一七五・四メートルの位置に発見し又は発見しえたのであるから、前方注視義務又は衝突回避義務を怠りさえしなければ本件事故を避けることはできたのであつて、その措置をとらなかつた点において過失相殺の対象となるべき落度があるといわなければならない。控訴人らの主張は、異なる前提をもとに立論するものであつて、採用することができない。

五  よつて、控訴人らの本訴請求は、被控訴人に対し、控訴人秀二郎において一八四万七八〇五円及びこれに対する遅滞後の昭和六〇年一月一八日から右支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、控訴人ツタエ及び同タカ子において、それぞれ四九四万七八〇五円及びこれに対する遅滞後の昭和六〇年一月一八日から右支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれをいずれも棄却すべきであつて、これと一部異なる原判決は相当でないから右の趣旨に従つてこれを変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九三条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 今富滋 畑郁夫 遠藤賢治)

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